「非常停止」と「急停止」は何が違うの?

  • 図1 非常停止と急停止の操作系
    図1 非常停止と急停止の操作系

 プレス加工で緊急時にスライドの上下運動を停止することは安全の確保に必須である。もし停止させようと思ってもスライドが瞬間的に停止しなければ災害が発生してしまう。このための安全化の機能が「非常停止」と「急停止」である。

 図1に非常停止と急停止の操作系を示す。非常停止ボタンは操作盤や機械本体などの作業者が加工中に位置し、操作しやすい場所に設置している。緊急的に機械を止める時は、この「非常停止」ボタンを叩く。見やすく押しやすい構造のボタンの使用を規格に明記している。「非常停止」はこのように非常停止ボタンで止めると理解できるが、「急停止」とはどういうことであろうか。

  • 図2 プレス機械の非常停止簡易回路
    図2 プレス機械の非常停止簡易回路
  • 図3 フリクション式クラッチの構造
    図3 フリクション式クラッチの構造

 図2にプレス機械の非常停止回路を示す。実は非常停止時もスライドが「急停止」できる仕組みになっている。つまり通常の停止も非常停止時も瞬間的に停止する仕組みである。単に「停止」とせず「急停止」とするのは、ブレーキ作動の最短化を極限まで狙った仕組みが理由である。

 両手操作式押しボタンはクラッチと組み合わせて安全を保つ。両手が塞がれば被災する可能性が減るが、それ以上に「光線を遮る」「手を離す」のように、最も素早く危険に対して反応できる仕組みが安全化を実現する。運転中のプレス機械は高速で作動している。もしアクセル、ブレーキのように操作が分かれたとする。「危険だからスライドを止めよう」と判断してブレーキを作動させたのでは時すでに遅しである。人が判断する前の危険な兆候を掴んだ瞬間に停止できれば被災しない。フリクション式クラッチのブレーキが一体構造になっているのもその為である(図3)。クラッチが切れるとすぐにブレーキが作動する。しかもクラッチ・ブレーキの作動は瞬間的な作動を得意とするエアーである。危険が及んだ時の人の動作と機械の仕組み、作動のための仕組みを考えた優れたシステムがプレス機械の操作系である。

  • 図4 スライド急停止の動作と仕組み
    図4 スライド急停止の動作と仕組み

 スライド急停止に関する人の動作と仕組みを図4に示す。加工時の被災防止を目的に手の危険エリア内の侵入を3 つの手段で防ぐ。そしてスライドの瞬間的な停止をメカニズム的な手段で防ぐ。そして手の速さを基準に距離を決めて安全装置を設置する。そして「非常停止」「急停止」までの停止時間を計測し、これらが正常であることを始業前の安全点検、月次、年次の定期的に検査している。安全に配慮した設計、点検で作業の安全化を図っている。

【参考文献】動力プレス機械特定自主検査マニュアル、厚生労働省安全衛生部安全衛生課編

執筆者:東北職業能力開発大学校 生産機械システム技術科 職業能力開発教授 喬橋 憲治

出典:プレス技術 2023年4月号