総論:その「はてな」を無駄にしない! 塑性加工の常識の入り口をまず学ぼう

「はてな」がいっぱいの プレス加工現場

  • 図1 新人君の疑問
    図1 新人君の疑問

 さて、今回の特集の趣旨や狙いを説明する前にまず、以下のあるプレス加工企業の生産現場で交わされる会話を覗いてみよう(図1)。

先輩社員:A 君、コンマ5 で角200 のSPCを2 枚、材料庫から持ってきてくれない?

新人君:はい!

 新人君は、全く「ものつくり」と無縁な学生時代を過ごし、短期間なプレス加工に関する座学研修を終えてたところ。この会話は現場配属されて間もない日の出来事である。新人君は、材料庫に向かう途中で、研修で学んだ「SPC」は冷間圧延鋼板であることは理解できたが、「角200」は「大きさが200cmの材料だろうか?」と心配になりながら材料庫の棚に200cm(2m)の大きさの鋼板を探し始めた。そんな大きな板あるかなあ、とつぶやきながら。

 製造業に従事される方から見れば落語の一コマと思われるかもしれない。しかしながら、最近ではTV でも数多く紹介されるような「金型(かながた)」も、最初のころは、「きんがた」と読まれることも多々あったのだから、こんな勘違いもあり得ないことではないのだ。

 ところで、冒頭の会話を日常生活レベルで翻訳するならば、

「A君、0.5mmの厚さ(板厚:いたあつ)で正方形の1 辺の長さが200mmの冷間圧延鋼板を材料庫から持ってきてくれない?」

 である〔冷間圧延鋼板は、まさしく専門用語なので説明(翻訳)は省略した〕。ここにある専門用語を見ていくと、

○コンマ・ゴ

板厚を「コンマ・ゴ」と呼ぶのは、薄板の厚さが0.5mm のことである。「コンマ」は、小数点を表す。つまり、コンマ・サンは、0.3mm である。

➡日常生活では、少数点は「テン」と読むので、0.5mm は、「レイ(ゼロ)・テン・ゴ」と読む。

○角(かく)

JIS では、正方形・記号(□)・呼び方(かく、正方形の一辺の寸法)と定義されている。

➡日常生活では、「正方形(せいほうけい)」よりも「真四角(ましかく)」が利用される。

○ 200mm(ミリメートル)

プレス加工をはじめ製造業は、常用の単位はmm。

➡日常生活では、多くはcm が利用される。たとえば、ウエスト・靴などのサイズ。

 さて、これらの特有の言葉にさらに業界・各社特有の「現場用語」の言い回しという「はてな」が加わる。必ずしもすべてのプレス加工現場で同じ言葉が利用されているわけではないということだ。いわゆる「ローカル言葉」である。ただ呼び方が変わってもその本質は同じである。だからこそ、常に「はてなマーク?」を頭の中に持って用語とその使われる背景などの根本からの意味を理解する必要がある。

単位に注意

  • 図2 カタカタ用語も本質の理解
    図2 カタカタ用語も本質の理解

 鉄鋼業界においては、1000mm × 2000mmの定尺板を「メータ板」と呼ぶことがある。ステンレス板などに多く使用される。

 また、圧力を表す1Pa( パスカル)= 1N/ ㎡(ニュートン・パア・平方メートル)などからわかるように、一部であるがメートル(m)が利用されている。基本的には、ミリメートル(mm)である。センチメートル(cm)は、ほとんど利用されない。このように、「ものつくり」の現場では単位は重要である。また、異なった単位の数値での計算では、単位も同様に計算する。

 例えば、自動車で200km を5 時間で走り切った場合、時速は

○単位計算

走行距離(km)/時間(h)=時速(km/h)

単位計算:

○数値計算

200 /5=40

 である。これらを合わせて、時速40km(40km /h)となることも合わせて理解することが、基礎の土台を強固にすることができる。

新たな強敵 カタカナ用語・略語の氾濫

たとえば、カタカナ略語は

○ DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)

➡ trans-:「交差する・横切る」のような意味のとき」の略に「X」を使う。デジタル変革の意味である。

○ AI(Artificial Intelligence :エーアイ)

➡人工知能

○ IoT(Internet of Things:アイオーティー)

➡モノのインターネット

 カタカナ略語に関しても、可能な範囲でインターネットからではなく印刷物(書籍)を拾い読みでも目を通すことが大切である。なぜならば、技術関連に関する略語の背景を含めて理解することで、より「本質」や「関係性」を理解ができるからである(図2)。

 カタカナ略語となると何となく漠然とした理解で良いと思われていないだろうか。例えば、「ハイテン」と言う用語、多くの方々は何を指しているかをイメージできる。しかしながら、詳細な意味を理解している方は、特に若手では少数ではないかもしれない。これは材料の名前だが、プレス加工現場で使用されるさまざま略語でも同様な現象が生じていないだろうか。イメージとして理解できることは大切であるが、イメージを支える原理・原則を理解せずに、形(一連の動作)としてのみで「理解したつもり」は、大変危険だ。 

 特に、プレス加工現場では、これが、「安全」の基盤を崩壊して大きな労働災害になることに繋がる恐れだってある。

 前述の「ハイテン材」は日本語で正式には「高張力鋼板」と言われる。その理由は、実は非常に簡単で「HIGH TENSION =ハイ・テンション=高い引張力」と英語をプレス加工に合わせて単純に翻訳した結果である。

 このように、用語のできた過程を知ることは、記憶する際に大きく影響する。カタカタ略語が由来する本来の英語(他の言語である場合もあるが)を垣間見ることも用語理解に深みを持たせるためには効果的だ。

「はてな?」で現場用語の不完全な理解を なくそう~安全な現場のために

  • 図3 プレス機械作業での用語例
    図3 プレス機械作業での用語例

 さらに具体的な事例で考えてみよう。現場でこんな指示があったとする。(図3

『「かんざしを取り外してから、「あんいち」でスライドを動かして』

 さて、プレス加工現場を知らない人(もしくは入社したて若手)には暗号のような一文だが、以下の用語が使われている。

○かんざし:ノックアウトバー

○あんいち:「安全一行程」

○スライドを動かす:ここではスライド調整(スライドの位置の変更)ではなく、プレス加工する

際のスライド上下運動を行うこと。

 これらの用語が行うべき機能を原理・原則で理解することで、つまり「名は体を表す」を実感して、本来の用語がはたすべき動作を理解して作業することが求められている。

 「安全一行程」は「安全」と「一」、「行程」の合成語である。つまり、

➡「安全」を確保することができる「一」回だけ動く「行程」

 と言い換えることで「安全一行程」よりもイメージが実際に近づくのではないだろうか。

 さらに、用語を深堀りするならば、「安全」と書かれているが「だれのためのどのような安全」もイメージレベルでその本質を理解していないのではないだろうか。

 多くの現場経験者は、「自明の理」のようなイメージで「これから説明するの?」と思われるだろう。しかしプレス加工従事者のほんの僅かではあるが、「安全」に関する知識が異なっていることが、筆者が講習会などで得た感触でもある。つまり、

○だれに:プレス作業従事者

○何のための:プレス作業従事者の身体の一部がプレス加工中の危険から守る

○どのような安全:危険な場所への身体が入ってしまい、なおかつ危険を及ぼす場合は、機械を瞬時に停止すること。また危険が遠ざかる際には、プレス機械にとって安全な位置にあるプレ機械スライドが最も高い位置(金型の上下最も離れた位置)で停止することで身体を危険から守る。

というような「自明の理」であるが、その「前提の説明」も必要になることでもある。

わからなくて当然! 効果的に塑性加工の常識を学ぼう

  • 図4 「7-38-55 ルール(メラビアンの法則)」
    図4 「7-38-55 ルール(メラビアンの法則)」

 プレス加工の世界に長い月日関わるベテランの方々は、何も知らない時代の記憶が抜けているのではないだろか。つまり、新人君が技術・技能習得でどの時点にハードルがあるかわからなくなってしまうのだ。当然、新人君と言っても十人十色で同じ理解力を有していない。一方、ベテランの方々は、「自分だって丁寧に教えてもらっていないよ。でも、知識を獲得している」と思われかもしれない。

 しかし、スマートフォンで多くが完結する時代に生きている年齢層では、身近でものつくりを見る機会がなく、家庭用品を修理する場面も見ることもなくなっている。つまり、ものつくり企業に就職することは、技術系学校(多くは、デジタル時代の流れで学校教育でもコンピュータが中心のカリキュラムが多くを占めている)の卒業生であっても、全く異次元の世界に飛び込むようなものである。だからこそ、現場での仕事を形だけで覚えるのではなく、その根拠を自分なりの言葉で理解することが必要である。この理解力が、本来、生産現場で必要とされる「応用力」「考える力」に繋がるのである。

 さて以上のことから今回の特集は、日々の何気ない言葉に「どうして?はてな?」という切口で「絵解き」をすることで、イメージから自分の言葉へ変換するためのお手伝いができれば、と思い企画した。

 皆さんは、「7-38-55 のルール」をご存知だろうか。我々が、日々あらゆる方面から情報を受け入れている。その膨大な情報で比較的長く記憶に留まる情報とは、どのようなものであろうか。実は、上記のルールは、教室での授業を思い出すならば、

教科書に書かれている文字情報(言語情報)

➡ 7%

+先生が話すことで耳から受ける説明した情報(聴覚情報)

➡ 38%

+漫画やアニメのような目から受け入れた情報(視覚情報)

➡ 55%(※パーセントは、記憶に残る割合を示す)

となる(図4)。

 つまり、「絵解き」はまさしく聴覚情報でなるべく記憶に残る工夫をしている。

執筆陣は、日々まさしく異次元の世界(ものつくりを実践する職業訓練)に飛び込んできた若者へ理解力を増す方法を試行錯誤している方々であるので皆さんにとってお役にたつことであろう。気になる項目からで構わないので、ぜひ目を通してもらいたい。

著者:塑性加工教育訓練研究所 代表 小渡 邦昭

出典:プレス技術 2023年4月号