事故から学ぶ ねじのトラブル対策

 ねじは”産業の塩”とも言われるほど、産業社会に欠かせない機械要素部品。自動車や機械、住宅、家電や電子機器をはじめ、さまざまな分野で使われている。製品性能を引き出し、安心・安全を支える重要な役割を果たしている。  きょう6月1日はねじ業界が定めた「ねじの日」。そこで、今回は「事故から学ぶねじのトラブル対策」と題して、神戸大学名誉教授の福岡俊道氏にねじの緩み・破断による事故事例の紹介とねじの設計の重要性について解説してもらった。

ねじの役目、ねじの宿命

 ねじの主な役割は、複数部品の締結、運動の伝達、力の拡大の三つであるが、第一の役目はなんといっても「締結」である。機械構造物から電気製品、精密機器に至るまで、ねじは身の回りのあらゆる工業製品に使われており、あまりにも身近であるため、しばしばその存在が忘れられることがある。しかし、大きな事故が起こり、その原因がねじであると、マスコミで大きく取り上げられて、改めてその存在が認識されるのである。

 もうひとつ、ねじは重い宿命を背負っている。軸受、歯車、ばねなど、ほかの機械要素は、使用状態でどのような荷重を受けるか決まっている。一方ねじは、寸法・材質・強度が同じであっても、使用箇所によって作用する力の大きさと方向が大きく変わってくる。このことがねじ部品を使用した締結部の設計を難しくしている。

脱輪事故の原因を探る

 ねじのトラブルは、多くの場合緩み、金属疲労による破壊・破断という形で現れる。緩みについては、緩み止め機能を持つナットやボルト、緩み回転を防ぐ塗布剤などさまざまな対処方法が開発されており、大きな成果を上げている。それにもかかわらず、緩みに起因する事故は相変わらず発生している。

 その原因は、緩みがねじ部品の戻り回転によるものだけでなく、締結部の接触面に存在する微小突起の塑性変形の進行などにより、ナットが回転することなく、ボルト軸力が低下するためである。したがって、ねじの緩み現象は「回転緩み」と「非回転緩み」に分けて考えなければならない。

 図1は日本産業規格(JIS)方式の大型車後輪のホイール締結部の構造を示している。複輪構造となっており、内輪、外輪をそれぞれインナーナット、アウターナットで順次締め付ける。JIS方式で発生した車輪脱落事故の原因のほとんどは、ホイールボルトかインナーナットの破断である。2008年4月、東名高速道路で大型車の後輪が外れ、観光バスのフロントガラスを直撃した事故では、ホイールを締結していたナットは戻り回転しておらず、ボルト軸力が低いために発生した疲労破壊、つまり非回転緩みが原因といえる。

ねじ形状変更で試行錯誤

 このような事故は以前から頻発しており、08年以降に製造された大型車のホイールは国際標準化機構(ISO)方式に変更された。大きな変更点は、複輪を同時に締め付ける構造とし、ねじ部品の形状の大幅な変更と左右のホイールをすべて右ねじとしたこと、締め付けボルト本数が8本から10本に増えたことである。最初の複輪の同時締め付けは、ボルトの締め付け回数が減るため、作業性とともに締め付け精度の向上が期待された。当時筆者は、政府系組織からの委託研究として当該研究に取り組んでいたので、ISO方式の導入によって車輪の脱落事故は飛躍的に減少すると予測していた。

 しかしながら現実は、04年の87件から、11年には11件まで減ったが、その後ほぼ直線的に増加し、20年には113件の事故が発生している。ボルト本数が8本から10本になったことが、事故が増加した原因とは考えにくい。また、JIS方式では左側ホイールには左ねじを使用していた。それが原因と指摘する意見もあるが、筆者はその可能性は低いと考えている。扇風機の羽根を止めるねじには左ねじが採用されている。羽根が回転すると、ねじが締まる方向に力を受けることを利用した機構である。一方ホイールの締結ねじは、車軸を中心として同心円上に配置されており、扇風機のような効果は期待できない。詳細な実験や解析なしに全く影響がないと断言はできないが、少なくとも主要な要因ではない。